Girl! Girl! Girl! 第一章


<第一章 三成のアルバイト 実行編>


年始の忙しい行事も一段落したある日の午後。
うららかな冬の陽光が硝子張りの洒落た店内に燦々と降り注ぐ。観賞用の花や緑がセンスよく配置され、アンティークな椅子やテーブルが、ヨーロッパのサロンといった雰囲気を 醸し出す。
そこに店の主人の激励が飛ぶ。

「さあ、今日は『ル・ジュール・ド・アンジュ(天使の日)』だ。忙しくなるだろうが、頑張ってくれ」
「は〜い♪」

声を揃えて可愛らしくメイド姿の店員たちが返事を返した時、カランカランと来客を告げる鐘が鳴った。

「来たぞ、吉継」
「良く来たな三成! それじゃあ、いつもの指定席に……」

本日の主役の来店に、店のオーナー 大谷吉継は諸手を広げて喜色を浮かべると、素早く三成の手を曳く。吉継がさり気なく腰に手を回した瞬間、ほんのりと頬を染めた店員た ちから「はふぅ」という溜息が漏れるのだが、三成はそこはかとなく漂ううっとりとした気配に気付くことはない。
三成は極上の笑みを浮かべる吉継にコトリを小首を傾げてみせると、

「あの吉継……やはり店の手伝いをしなくて良いのか? やはりバイトというのは、普通は客の注文を聞いたりケーキやお茶を運んだりするものだと聞いたのだが……」
「ははは、三成にそんな必要はあるものか。お前は今のままで十分に役に立っているよ」
「そうか」
「ああ、そうだ。さあ、三成はそこでゆっくりとくつろいでいてくれ」
「わかった」

吉継に促された三成は中央のテーブルに腰を降ろすと、運ばれてきた上品な紅茶の香りを楽しむのであった。





「…………あれって、バイトって云うんですか?」
「バイトなんとちゃう? バイト代ちゃんともろうているんやし」
「というか、バイトっていうよりも、ただお茶しているだじゃないですか」

真向かいのファミリーレストラン。格安のドリンク・バーで長居を決め込む主婦たちのお喋りに男二人の会話が紛れ込んだ。
大きな窓越しにへばりつくように「マ・シェリー・アンジュ」の様子を窺っていた左近は、手にしていたオペラグラスを降ろして関西弁の青年 小西行長に向き直った。

「アレをバイトと定義したら三成さんの天然ボケが益々ひどくなるんじゃないですが。ま、そこが可愛いからいいんですけど……」
「なに、心配性のお母ちゃんみたいなこと云うてんねん。ついでに惚気おるし……。どうせ、将来左近さんところの主婦業決定なンやから少々天然ボケでも構へんがなァ」
「フッ。まあ、それはそうですね」
「認めおったで、左近さん。本気で三成、主婦にする気満々やで。うわぁ、このエロ親父。昼ドラの団地妻かい?」

ニヤリと不敵の笑む左近に呆れたように行長が軽口を返す。

「どこぞのAVですか、それは……。それより、いったい何のバイトなんです、あれ?」
「まあ、もうちと待てや、左近さん。すぐにわかるさかい」

行長は店のカレンダーに目を遣る。カレンダーの日付は平日を指し、陽の高さは午後を少し下回った辺りだと告げる。
比較的時間に拘束されないフリーの服飾デザイナー(メイド・ゴスロリ専門)の行長と違い、会社員の左近はお勤め中の筈。つまりは、この男。三成を心配する余りに会社をサボっ たのである。
その左近の思考回路に誰かの面影が重なるが、行長はその事実を温んだアイスコーヒーと共に流し込む。きっと口に出して云ったら、目の前の男は必ず苦虫を噛み潰したような 顔をするに違いない。
それはそれで楽しいのだろうが、本日の目的は別である。

「もうそろそろや」

ついと窓辺に視線を移す行長に呼応して、左近もその先を追った。






「ん? なんだ、あれ??」

先に異変を察知したのは目ではなく耳であった。
甲高い声が塊となって耳に飛び込んできたのだ。驚いてその発生元を確認すれば、視界凡そ30メートル程先を黄色い音の塊が一団となって道路を横切っていた。
『女三人寄れば姦し』という言葉があるが、姦しいどころの話ではない。

「って、なんですか、あの女性の集団!? 女子高生からヨ○様LOVEの熟年主婦までいますけど……」

左近は思わず「ひいふうみい」と数を数えてみるが、ざっと見ただけでも両手足の指の数を軽く超える。その女性の団体は、きちんと列を成して「マ・シェリー・アンジュ」へと整然と 向かっていく。まるで、どこぞのツアー客のようだ。
目を丸くしてその一団を見送る左近に行長が笑いかける。

「あれなァ。三成目当てなんよ」
「…………はい?」
「勿論、吉継兄さんの美味いケーキも目的なんやけどね。今日は美味いケーキと目の保養のダブルラッキーデー。名付けて『ル・ジュール・ド・アンジュ』。何でも「天使の日」という 意味らしいわ。俺は面倒なんで、『三成デー』って云うてるけど」

ケラケラと楽しげな笑声を上げる行長。左近はそれを開いた口を塞ぐことも忘れて眺めるだけだった。





2008/03/10